いごっそう(土佐弁・意地っ張りで曲げない性格)
弥太郎の人物像

岩崎弥太郎はに育ったそうです。また、豪気な性格で負けず嫌いな「やると思ったらとことんやる」という実にエネルギッシュな若者土佐人らしく大酒飲みでもあったそうです。
燃えるような向学心を持ち、貧しいながらも自分の立身出世の為に人一倍の努力をしています。
この性格を作ったのは母親の美和の教育のたまものとされています。
少年の頃から才能を開花させ、土佐藩主の前で漢詩を披露したり、参政の吉田東洋が運営していた鶴田塾でも頭角を現し、高い身分の人からも抜擢されます。
ありとあらゆる書物を読み、友人らにその集中力は普通では無いと言わしめている程でした。また、江戸の安積艮斎の見山塾にいるとき安政の大地震が起こりますが、塾の仲間や教師達の助けを積極的に行う、情に厚い優しい一面も持っていました。
「傲慢」ともいわれた弥太郎ですが、母を慕う心など情にも厚かったようです。
たくさんの飲酒が原因か、晩年は胃がんを患い50歳という若さで亡くなります。
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